映研用語集

・「部会」

毎週月曜日と木曜日 12:20~(*)に開催される定期の連絡会。
部長が司会進行する。教壇から向かって右から 3回生、2回生、1回生と座る。
たまに、後ろのほうに、4回生やOBが鎮座することもあった。

各役職からの連絡事項、各パートリーダーからの連絡事項、
各監督からの製作状況の報告、また製作発表など。
この部会出席は、部員の義務である。遅刻とか欠席すると、結構怒られる。
 (*)開始時間は、うろ覚えである。



・「部室」

1990年代(*)~廃部時までは、文化会館2階にあった、映画研究部の部室。
 (*)かなり古くは、階も違っていたようである。

非常に汚く、殺伐としていた。
動かないカメラ、電源の入らない映写機、使わない木材、盗んだであろうソファ、
弦の張ってないギター、誰を写したか分からない白黒写真などが点在し、
誰の所有か分からないものが山ほどあった。確か、22時までに退出しなければならなかったはず。
カギは、部長と副部長と部会代表(部代)のみが持たされた。天井がアスベスト材を使用している、と諸先輩方に脅されて、部室にいるのがイヤだったと語る者は、多い。

授業の空き時間に部室で時間つぶしをする者が多く、それだけの為に文化会に入ってきた者も多いが、
そういう連中は、夏合宿もしくは学祭前後、または1回生映画直後に退部していくのが、定説である。

廃部が決まった時点で、数多くのOB連中が、多くの作品や雑誌、写真、書類、雑貨類などを、
誰にも何の承諾を得ないまま持ち出した物も多くあり、作品の多くが、誰のとこに行ったのか、まったく所在不明になっている。

部室にいることが、良しとされていた文化もあり、授業に出ないで卒業出来なかった者、留年した者も多くいたが、部室がその一因だとも言えるであろう。



・「文化会館」

学生会館の西に建てられている。アスベスト問題、火災報知機問題などにより、
幾度と無く、内装工事されていたはず。学祭のときには、徹夜での作業が許されたこともあった。
徹夜の際には、非常に常任からの非常に厳しいチェックもあった。
大学生なのだから、自己責任ですれば管理しなくていいことも管理するのものだから、
常任が、本当に非効率的な団体であったのは言うまでもない。



・「立て看板(通称:立て看)」

上映会の告知や、新入生歓迎宣伝を行うために大学構内に
掲示が許された木製の看板。180×90cmを二枚貼り合せた大きさが通常。
その板に、用紙(色上質紙など)を貼り付け、部室や文化会館の廊下で、筆やカラーペンなどを駆使して、
色とりどり、気味の悪いイラストや書体でデザインする。
デザイン的な統一感は全く無く、タイトルと日付や場所といった、テキストのみが統一されていた。
学祭や新歓時期になると、学内のいたるところにあり、非常に安っぽく汚らしい風景が作り出される。


・「遮光」

上映会場を真っ暗にすること。あまりに暗すぎるために、
来場する観客の足元を懐中電灯で照らす、という今考えると、あまりに稚拙な作業を行っていた。



・「暗幕」

カーテンよりゴツい、かなり大きい黒い幕。上映会場もしくは部室の窓に貼り付けるなどして、
上映に適する暗さにするための物。部室が寒いときなど、防寒具として使用するものも多くいた。
かなり不衛生だったと思われる。



・「シングル」

正式名称は「シングル8」。富士フィルムが開発し、1965年に発表した規格。パーフォレーションや画像の寸法などはスーパー8とほぼ同じだが、こちらはPETベースを採用しており、従来のアセテートより薄く、強度が強くなっている。スーパー8とは厚みが違うためシングル8とスーパー8をつなぐと映写時にピントがずれる。マガジン(カセット)形式であり、VHSテープの様に2軸で走行するため自由に巻き戻しなどができる。
当初は「ラピッド8」の名で開発され、ドイツのアグフアとの共同開発で世界展開を目指した。パーフォレーションはダブル8と共通し映写機の互換性を保つこととしていた。しかし、開発中にアグフアはコダックのスーパー8に鞍替えし脱落。富士フイルムは日本のカメラメーカー及びフイルムメーカーに協力を呼びかけ、パーフォレーションをスーパー8と同等とし性能を対等にしたうえで、発売開始から日本国内におけるデファクトスタンダードの立場を確立し、さらに海外市場にも殴り込みをかけた。シングル8の取り扱いのよさは海外でも好評価を受け、富士フイルムの世界市場進出の足がかりになった。8mmフィルムの規格の一つ。ほかにもスーパーという規格や、ダブルという規格もあった。

平成25年11月現在では、富士フィルムでの生産やフジカラー現像所での現像は終了している。
レトロ通販のような一部ショップでは、現像が可能の模様。


・「スーパー」
こちらの正式名称は「スーパー8」
アメリカのコダック社が開発し、1965年に発表した規格。従来のダブル8と同じアセテートベースを採用している。ダブル8との相違点はパーフォレーションを小さくし、その分、画像面積を約1.5倍に拡大、また16コマ/毎秒が標準であったフィルム走行速度を18コマ/毎秒と早めた。さらに高級機種においては24コマ/毎秒という商業映画と同じ滑らかな動きの撮影・映写を可能とした。カートリッジ形式を採用しており、内部にプレッシャープレートを内蔵しているため、ダブル8のようにゲートにフィルムを通す手間がなくなった。また日中でもフィルムのカブリや感光をおそれることなく、カメラにフィルムを装填できるようになり、カートリッジの切り込みによってフィルム感度の設定を自動にすることができた。しかし、フィルムの走行に一軸構造が採用されているために、フィルムの巻き戻しが不可能になってしまい、オーバーラップなどの特殊効果ができなくなってしまったが、のちにカメラメーカーの努力によって一部制限があるものの巻き戻しを可能にした。
スーパー8のカラーフィルムには基本的にタングステンタイプのフィルムしかないが、カメラに内蔵されたフィルターによって太陽光下でも撮影できるようになっている。コダック社製コダクロームフィルムの発色のよさから根強い人気があったが、同フィルムは2006年生産終了となり、次に発売されたエクタクローム64Tも2010年に生産終了となり、代わりに同年、エクタクローム100Dが発売となった。他にトライX(白黒フィルム)やビジョン3やPro8(ネガフィルム)なども発売されている。海外ではアマチュアやプロの間で多く使われている。

ちなみに色的には、スーパーのほうが再現性が高かったが、現像にかなりの日数がかかることと、スーパー用の8mmカメラも稀少で、徐々に使用する者が少なくなった。現在もシングル、スーパー共に購入と現像は可能だが、
シングルについては、残り数年で販売も現像も終了するとのこと。
上記の富士フィルムのHP記事では、シングル8の現像サービスは平成25年9月で終了とのことである。


※シングル8、スーパー8のどちらにしても、フィルムの入手・現像・音録・映写等の工程は、非常に困難を極める。
がしかし、下記のような業者もあるので、まだ完全に道が閉ざされたわけでもないような気がするような気がしないでもない。尚、これらの業者に対する知見は、あくまでweb検索によるもので、会社業態や会社概要等を保証するものではありません。自己責任でご判断下さい。

・「セコ」

露出計のこと。メインのメーカーがセコニックであるため、
そこから「セコ」と縮めたものと推察される。



・「部費」

毎月徴収される、部の活動のために必要な費用。執行部の会計が回収担当。
管理人の現役時代(1992年入部)では、入部金は1,000円、部費は月800円であったと思われる。
もちろん、時世時節により、金額が違うことが予想される。
滞納する部員が必ずおり、徴収する会計の人間が悩んでいた。3ヶ月滞納で、警告か勧告は言い渡されるはず。
滞納したまま、退部する部員もたまに見受けられる。

映研では、個人映画についての経費は、監督が負担することになっている。



・「テレシネ」

8mmフィルムを映写機で上映しながら、それをビデオカメラで撮影し、ビデオテープに録画すること。
映写機を所有していない監督たちが、思い出作りやコンテストへの出品のために、
部室内を暗幕で貼り巡らし行っていた。
テレシネを行うためには、部会で承認が必要だったような記憶があるが、
あまり定かではない。



・「出会い(の広場)」

学生会館と学友会館(2階が食堂)の間の、ただの広場。
基本的には、文化会員しかおらず、それ以外にいるのは、
部室を持たないサークル連中か、宗教勧誘などの不法侵入者の可能性が高かった。
何の出会いもないし、何の発見もなく、ベンチ数台あるのみ。



・「朝の声出し」

上映会や学祭前になると、
大学正門前や、西門前などで、告知ビラを配りながら、
そこに書いてある情報を、尋常ならざる奇声で読み上げる苦行。
8:30くらいに集合して9:00頃まで行っていた。
家の遠い人は、よく遅刻をしていた。
他クラブも、フライヤー(チラシ)を手配りしていたが、
このような奇声を上げてはおらず、その点では、目立っていたと言えよう。
ただ、集客に繋がっていたかどうかが、検証が必要ではある。
これがイヤで辞める部員が多かったとの伝承あり。
 
 

「謹聴~! 映研一本締め よおぉ~ パン(拍手)」
と、時の部長が叫び、それに合わせて部員一同が拍手をうつという合同行為。
基本的に、上映会の打ち上げ、合宿の〆などに行われる。
この行為が、伝統芸能の「いのこ」へと繋がっていく。



「いのこ」亥の子

各行事終了時やイベント終了時、映画撮影終了時、打ち上げ終了時などに、
誰かれとなく「いのこやるで、いのこ!」と提示され、その日の主役である部員を痛めつける伝統的悪行。
標的となる部員の両手両足を数人ずつで持ち、大きく上下に揺らす。
上下に揺さぶられる部員の最高標高は2m。最低標高は0cmまで、上下に揺すり続けるので、かなりの危険を伴なう。
元々は、西日本地方での万病を払うまじないとしての行事だったらしいのだが、
何故これを、映研で行っているのかは、不明である。
これをされて、喜ぶ部員は皆無であり、ケガ人も多く、
ゆとり世代には、タブーとされている。



・「甲南ハイボール」(通称:ハイボ)

兵庫県神戸市東灘区岡本1-2-28 甲南ビラ二番館1階にあるダイニングバー。
90年代以降の部員なら一度は行ったであろう、映研いきつけの店である。
JR摂津本山からも近く、値段も相応で、学生にとっては使いやすい店である。
ただ、ここで何人も潰されていた。
1軒目は鳥正(閉店、神戸市東灘区本山北町3丁目4−12)で、
2軒目はハイボールという流れが、映研の基本的な打ち上げの主流(*)であった。
チーズパリパリが、一番人気だったような気もする。
今でも、映研OBの姿がたまに見えるという話も耳にする。
あまり足を向けたくない気もしないでもない店でもないような気もしないでもない。

(*)OBと現役との交流の場としても、多く使われていたが、
時代と共に、そういう機会は少なくなっていった。
また一部のOBの言動により、
現役部員との激しい確執が生まれ、それが廃部の一因になったのは
紛れのない事実である。このことについては組織にて。



・「文化会行事」
 

リーダースキャンプ(通称:リーキャン)、フレッシュマンハイキング(通称:フレハイ)、
文化会キャンプ(通称:文キャン)などの各文化会活動を総称してこう呼ぶ。
それぞれに、後付けの抽象的意義があり、文化会特有の原理原則に基づいて行われる。
一部の人間だけが感動し楽しめる行事であるため、
不公平であるとか時代錯誤だといった意見や、
各部活動の妨げになる、などといった批判が常にある。
また各部の文化会への価値観の違いがかなり激しいため、
各部によって、参加者数の差が激しい。
傾向として、具体的かつ明確な目的を持って部活動を行っている部ほど、
参加者数は少ない。
各行事中は、実施委員と各チューターのほとんどが、自己陶酔していることが多く、
「実施とチューターの為の文化会行事」と、影で揶揄されることも多かった。


しかし、これらの行事で、他部員との交流が出来ることによるメリットも多く、
それは、上回生も理解していることであるので、
部としても参加を促していた。
  


・「真実のノート」

各部員が、鑑賞した映画や演劇などの感想を書き込むノート。
部室に置いてあり、誰でも自由に書き込めるようになっていた。
かなり昔から存在したことが確認されている。



・「ライト」

8mmフィルムでの室内撮影には、必須のアイテム
素手で持つと、火傷をするほど熱くなるので、注意しなければならない。
また指紋を着けると、手の脂が付着して、黒くなることがあるので、
よく先輩に「素手で触ったら、アカンで」と、たしなめられることが多い。



・「甲南サンバ」

文キャンやフレハイ(上述)といった、文化会行事で踊らされるダンスの一種。
「サンバで神戸 ビバビバサンバ サンバで神戸ビバサンバ~」と、
独特の二拍子リズムとステップで踊る、1回あたり30秒程度の踊り節である。
 
通常のサンバの始まり方とは違い、独特の手法で踊りが始まる場合が多い。
「サンバ」という言葉に引っ掛けた単語を、誰かが言うと、
その言葉から派生して「サンバ」という言葉に、つなげていく。
その言葉が、「サンバ」という単語に繋がった時点で、
それが号令となり、踊りが始まる場合も多く見受けられる。
この流れは、事前に開催される「サンバ講習会」にて指導される。
完全なマンネリではあるが、各チューターの盛り上げ方やメンバー同士の一体感により、
その場では、盛り上がることも多い。

例)「産婆」 → 「さんば」 → 「サンバ」という流れ
    
A「う、生まれる! 誰か、産婆を呼んできて!」
B「産婆? さんば? サンバ!  あ、そ~れ! ピーポピピピポー(笛)」
  
※各チューターは、サンバホイッスルを持っている。
尚、本当のサンバとは、リズムやテンポが激しく異なるため要注意である。
  
  

・「総会」


学祭終了の1週間後の土曜日に行われる、執行部交代を決める集会。
映研最大の儀式であり、最も過酷な通過行事と言っても過言ではない。

現執行部から新執行部への執行部交代を、全部員で是非の採決を採る。
その採決のための質疑応答を延々と行う、最終的に無記名投票で是非を問うというもので、
出席は、1回生~4回生までの全員出席。

年度により、上下回生の面子で、雰囲気も何もかにも違うため
一概には言えないが、重箱の隅をほじくり返すような質問と、それに対面的な丁寧すぎる対応の返答を
丁々発止に行う質疑応答が、ループ状態のように繰り返される場であるといえる。


この総会に向けて、新執行部は、夜な夜なファミレスや一人暮らしの部員宅などで討議し
想定される意味不明な質問に、よどみなく答えられるように下準備をする。
また他学年(特に上回)も、意味不明な質問をするために、打ち合わせをしたりするなど、
会議の為の会議を行うという、旧態依然な会社組織のようなことを行う。
(こういった、傍から見ると全くの無駄なプロセスについても、
重要視される場合が、多くの文化会系部に見受けられる)
  
総会中の質疑応答については、上下回から、
ありえない場合の対応やレアなトラブルの対応策などを聞かれたりと、
かなり意地悪と見受けられる質問をされることも多い。
 
上回からしてみれば、
後輩のため良かれと思っての場合と、単に意地悪で聞く場合の両方がある。
ただ、いかなる場合においても、その場その場での選択の判断を委ねられている執行部にとっては、
一度は、考察し検討しなければならない事象も多くあるので、
決して無駄ではないと、上回は考えていることが多い。
(※実際に、有益だったか無駄だったかどうかの結果検証をすることは無い。
そこが、大学生組織の限界点だったかと思われる)

総会自体は、非常に堅苦しい会であるので、
1回生からしてみれば、強烈な印象を受けること多く、
また、部の運営面からすれば、重要とされるこのような集会も、
自主映画製作面からすれば、不要ではないか?という、
下級性的クリエイター気取りな考えを持つ者も多く、
退部を誘引する大きな原因の一つでもある。

このような総会は、他文化会所属団体でも見られるが、
客観的に見て、どの部活動自体にも各部員の将来にも、
何の役にも立つことはない、と言っても過言ではない。
  

質問の実例
・「マネージャー候補の方にお聞きします。春合宿は、何故泊まりでなければならないのでしょうか?」

・「上映候補の方にお聞きします。美人座で、16㎜商業映画を上映する理由とはなんですか?」

・「部会代表候補の方にお聞きします。部の行事と文化会行事の日程などが重なった場合、スタッフを出す際には、実際にどうするでしょうか?」
  
  
  

  

  • 最終更新:2017-03-03 11:36:32

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